09月05日(金)
寶蓮寺/大嶼山 PoLinMonastery [私の休日の過ごし方]
既に他の先生方も行かれています。
ブログにも紹介されていたと思うのですが、先日、友人が訪れたのでいってまいりました。やはり、こういうきっかけがないと中々でかけられないもんです。
パンフレットによれば、この大仏は天壇大佛といい、完成は1989年12日2日。その後周辺整備をして開眼供養したのが1993年12月29日。
なんて新しいのだろうと、さらに下を読むと大仏の大きさだが台座込みで約34メートル。露天の座像仏としては世界一の大きさだということです。
はかり方はいろいろ、まあ、新しいんだから、世界一を目指したのだろう、などと考えながらの大仏見学でした。
お寺というよりちょっとしたテーマパーク感が強かったですな。
追伸:やはり、こいうものには歴史がないとね。ありがたみが薄れてしまうのは信仰心のなさのあらわれなのでしょうか。
Posted by 石川大貴(Ishikawa Taiki) at 13時45分 トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
09月03日(水)
人生で最も面白かったこと
What is the most interesting things you've ever done?
(今まであなたがしたことのある最も面白いことは何ですか。)
これは、山手学院という高校の2006年度英語読解問題の最初の1文です。
私は、これを初めて読んだとき、そこで読むのをやめて、さて自分はどうだろう、と考えてみました。
とっさに思い浮かんだのは、中国湖南省の長沙[Changsha]という都市を旅行したときのことです。
それは私の初めての外国への1人旅でした。長沙の空港に降り立つと、飛行機の遅延のため、あたりは真っ暗でした。市の中心部へ行くバスはもうなかったので、私はタクシーに乗りました。タクシーの運転手さんは方言しか話せず、マンダリンは下手でした。私もマンダリンは今より下手でした。でも、というよりだからこそ、私たちは楽しくおしゃべりしました。
ところが突然、市中心に向かう高速道路の途中で、タクシーが故障してしまいました。運転手さんがあちこちいじっても治りませんでした。そのうち、運転手さんが何か私に言ったのですが、私にはわかりませんでした。わからないうちに、彼は道路の向こうへ去ってしまいました。
曇りの日で、月も星もなく、しかもあたりはおそらく山だらけなのだろう、明かりはなく、道路の街燈さえありませんでした。幸い、高速道路を通る車は少なくなかったので、それだけが唯一見える光でした。私はそんな中に一人取り残されました。どうしたらよいのか。このまま黙ってるわけにはいかない・・・
私ははっきりどうするか考える前に、タクシーから出て、通り過ぎる車に向かって手を挙げました。最初に通った白い車が、私の前を10メートル過ぎたところで、止まってくれました。
「どうした?」白い車の運転手さんがききました。
「私、今日長沙に着いて、今このタクシーで来たんですけど、故障してしまって、運転手もどこか行ってしまって・・・」私はしどろもどろに答えました。
「どこへ行くんだ?」
私は予約していたホテルの名前を言いました。
「じゃ、後ろ乗って」
「タクシーにまだ荷物が・・・」
助手席に乗っていた男の人が出てきて、タクシーから私の荷物を出し、白い車のトランクに入れてくれました。
私は白い車の後ろの席に乗りました。
ちょうど発車しようとした時、タクシーの運転手さんが戻ってきました。
白い車の運転手さんが窓をあけて、方言で何か言いました。タクシーの運転手さんも何か言い返しましたが、白い車の運転手さんは最後まで聞かずに、車を発車させました。そして助手席の男性と2人で、歓声をあげました。
「タクシー代、払った?」運転手さんがききました。
払ってないと言うと、「それはよかった」と言われました。
後部座席には小学3年生くらいの女の子がいました。正直、私がこの車に乗り込んだのも、この女の子がいたからこそでした。2人の男性のうちどちらかがパパなのだろう、子供のパパであれば悪い人ではあるまい・・・と思ったのでした。
彼女はなんと日本語で「こんにちは!」と言いました。訛りのない発音でした。聞くと、今日本から帰ってきたということでした。2人の男性は旅行会社の人で、子供の送迎サービスをしているそうでした。
私たちは中国語と日本語で会話しました。運転手さんはまず子供をおうちに送り、それから私をホテルに連れて行き、チェックインの手続きまで手伝ってくれました。私が、だいたいタクシーだったらこのくらいかかるだろうと思われる金額を渡そうとすると、彼は断固として断り、しかも名刺をくれて、長沙滞在中に困ったことがあったら連絡するようにとまで言ってくれました。
これは冒険談になってしまいましたが、長沙では他にも楽しいことや珍しいことがたくさんありました。当時私は21歳でした。
さて、山手学院の問題に戻りますが、冒頭の問いにメルボルンの20歳から60歳までの男女が答えたそうです。その中の45%の人が旅行のことを答えたそうですが、私はメルボルンの半数近くの人と同じですね。そして、大多数の人は、18歳から22歳までのことを答えたそうです。20歳の人は1年前のことを、55歳の人は35年前のことを。
人生、一番楽しいのはそのくらいの歳だそうです。小中学生のみなさん、今はいろんなことで悩むかもしれませんが、将来もっと楽しいことがあると信じてください。そして努力を怠らないでください。私も中国語ができなければ上の経験はできなかったし、またもし言葉だけでなくいろいろなことができたら、もっと楽しいことに出会えたかもしれません。
Posted by 金 瑛華(Kim Yeonghwa) at 23時26分 トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
ウロウロ [つぶやき]

このプリントをどこにしまおう・・・ウロウロ。
◯◯先生どこにいったんだろう・・・ウロウロ。
ちょっとまて、空いてる教室探すから・・ウロウロ。
九龍教室もオープンから一年経ち、僕はウロウロすることが多くなりました。
教科書や資料も充実!ガラガラだった引き出しも、今はお腹いっぱいパンパンです。
職員室も教室も、共ににぎやかになり、毎日活気にあふれています。
笑っている人、怒っている人(鈴◯先生)、泣いている人。
勉強するのはもちろんだけど、塾という場所に、色々な人が集まって、色々なドラマが起きている。そんな光景をみながら、一年前の、物も人もガラガラだった九龍教室を思い出していました。
この一年の間にも、他の土地に引っ越したり、日本に帰国していった生徒たちがたくさんいます。短い間だったけど、みんな一緒にエピス九龍教室を作り上げてくれていました。みんな元気にしてるかなあ。「エピスって言う塾に変な先生がいたよ。」なんていうのでもいいから、覚えていてもらえると嬉しいです。
先生は今日もエピスでウロウロしていますよ。
Posted by 藤本泰介(Fujimoto Taisuke) at 12時02分 トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
08月29日(金)
屋久サル,屋久シカ、屋久杉 [私の休日の過ごし方]
8月上旬に鹿児島県の屋久島に行ってきました。
飛行機、バス、フェリーに乗り継いでdoor-to-doorで約12時間(途中「鉄砲伝来」で有名な種子島にも立ち寄りました)、かなり人里離れた山奥まで来たかいがあり、思いがけなくたくさんの動物達(「屋久○○」)と出会ってきました。
ある日の夕暮れ時、山中をお散歩していると森の中からごそごそゴソゴソとサルが一匹、二匹、三匹...。一瞬目が合い、じっとお互いに様子をうかがった後、のっそのっそとサルの集団は私の歩いていたのとは逆の方向に去っていきました。それから数分後、林の中の視線に気がつき、見上げると今度はシカが...!屋久杉が茂る山中いっぱいには虫やカエルの鳴き声がこだまし、最後は沢ガニとトカゲが迎えてくれました。
Posted by 新家百合(Shinya Yuri) at 16時25分 トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
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