2008年01月14日(月)
第8回(最終回)ピンチの時にこそ真価が問われる [何が合否を分けるのか!?]
新年を迎え、いよいよ勝負の季節がやってきました。中学入試は昨年末より帰国生入試が本格化し、埼玉ではすでに国内入試も始まっています。高校入試についても帰国生入試や推薦入試が実施され始めています。受験生たちにとっては、友人やライバルの合否の報に接しながら、不安と焦燥に駆られがちな時期でもあります。そんな自分自身と戦いながらも最後の追い込みに全力を尽くしている受験生たちに心からエールを送り、連載を締めくくりたいと思います。
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厳しい受験をどう勝ち抜くのか。
私は昨年の北京オリンピック・野球のアジア最終予選にこそ、そのヒントが隠されていると感じました。日本対韓国戦、8回裏、一打同点の大ピンチで岩瀬投手が投じた渾身の内角ストレート。自分を信じて投げた投手の基本、直球勝負には多くのファンが感動をおぼえたと伝えられています。人は追い込まれたときにその真価が問われるのだとすれば、あの一球にこそ学ぶべきことがあると思えてきます。
さて、受験のお話です。今から10年ほど前のことですから、私がまだ日本に住んでいたときのことです。こんな中3の受験生がいました。第一志望に千葉の最難関私立高校を志望する女子生徒で、模擬試験などのデータ的には合格はかなり厳しかったのですが、第二志望をおさえた上での果敢なチャレンジでした。思考力に優れ国語は得意だけれど、どうしても数学の苦手意識が払拭できず、不安がいっぱいの入試でした。
時間配分に気をつけること、ミスをしないでとれる問題を確実にとること、最後の1秒まであきらめずに闘うことだけを言い聞かせて、試験会場に送り出しました。結果は模擬試験の容赦ない判定をものともぜず見事合格。厳しかった入試だけに本人の喜びもひとしおで、自分としても思い出深い入試のひとつになっています。
その彼女がこんなことを話してくれました。数学の試験中に習ったはずの問題が出題されたのに、どうしてもできなくなってしまって大ピンチに陥ったそうです。ところが、どうしようもなくなったその時、なんと、私(の幽霊?)が彼女の傍らに立っていたというのです(!)。そして、一言、「授業でやっただろ」と囁いたというのです。その瞬間、まるで金縛りがとけたように解法を思い出したのだと言います。最初は何をバカな冗談を言っているのだと苦笑いしていましたが、彼女の顔は真剣そのもの。どうやら本人はそんなオカルト話のようなことを大真面目に信じ込んでいるのです。
千葉の入試が始まるこの時期になると、毎年、「あれはどういうことだったんだろう」と自分なりに結論を出そうとしていた当時のことを思い出します。今思えば、それは単純に、私が授業中、常に言い続けてきたことを、彼女がまさに真剣勝負のその瞬間に思い出してくれた、ということに過ぎないのだと思います。それは「ピンチの時にこそ基本に立ち返れ」というたった一言でした。
中学受験は4教科、高校受験であれば3教科または5教科の受験が主流です。例えば、50分の試験を3科目受けるとすると、それだけで2時間半の長い戦いになります。その間には、どんな受験生にも1度や2度のピンチは必ずやってくるはずです。解けるはずなのに解けない、急に傾向が変わって思いも寄らない問題が出た、慎重になりすぎて時間が足りない…などなど、すべてが上手くいく入試の方が少ないと思っていて間違いないと思います。必ずや訪れるであろうそのピンチをどうしのぐか、この一点にこそ勝敗の分かれ目があるのではないでしょうか。
受験生の皆さん、ピンチは必ずやってきます。そんなピンチに陥ったとき、その時にこそ、あなたがこれまでがんばってきたことすべての真価が問われるのだと思ってください。苦しく長かった夏期講習や冬期講習、眠気と戦いながら夜遅くまで勉強したこと、何度もあきらめかけたけどそのたびに踏みとどまって努力を続けたこと、どうしてもゆずれない思いの強さが、真剣勝負のその瞬間にあなたを助けてくれるはずです。そして、ピンチに陥ったときにこそ、ひとつ深呼吸をして、自分を信じて、基本に立ち返り、渾身のストレートで勝負しましょう。きっと活路が見いだせるはずです。
そうです。最後のその瞬間まであきらめずに闘った受験生には、きっと幸運の女神が舞い降ります。そう信じて、今はやれることを全てやり尽くすしかありません。世界の各地から、憧れの中学、高校を目指して闘う全ての受験生諸君にひとつの言葉を贈り、この連載を終えたいと思います。健闘を祈る。
Heaven helps those who help themselves.
epis Education Centre 代表・澤村重基
Posted by 鈴木 朗 at 15時18分
2007年11月26日(月)
第7回 入試を勝ち抜く受験生のタイプ [何が合否を分けるのか!?]
毎年、多くの受験生を教えてきて常に行き着くテーマはただひとつです。それは、実力があってもそれを発揮できずに合格を勝ち取れない受験生と、ちょっと厳しいかもしれないと思われた志望校に見事合格してしまう受験生ではいったい何が違うのか、ということです。まさに「何が合否を分けるのか」ということに他なりません。
この永遠のテーマの前では模擬試験の偏差値や合否予想などは何の意味も持たなくなってしまうわけで、もちろん簡単には結論づけられません。ただ、長年の経験から言わせていただければ、2つの要素があると思います。ひとつは、「受験を楽しんだ受験生が勝つ」ということ、もうひとつは「ストイックな受験生が勝つ」ということになるのではないかと思っています。ちょっと聞くと矛盾しているように思えるかもしれませんが、実はこの2つの要素は密接に結びついています。
まずは「受験を楽しんだ受験生」からお話を始めます。何年か前に、都内の附属高校に進学した生徒がこんなことを言っていました。「数学の問題を解いていると作問者と会話している気がして楽しいんです」。つまり、作問者の意図を読み取る心理戦を楽しんでいるという意味です。私は、それを聞いたとき、「この子は絶対大丈夫だ」と確信を得ました。彼は家庭学習用問題集を、まるでテレビゲームに熱中するかのように夢中になって解き続けていました。
ライバルたちよりも2か月も早く1冊の問題集を仕上げた彼は、これまたゲームでも楽しむように、数学の学習用に貸し出した過去問を1冊また1冊と、1〜2週間に1冊程度のペースで仕上げていきました。その都度、合格点を越えたとか、何点足りなかったとか報告してくれます。何度も繰り返し言いますが、まるでゲームのハイスコアを競っているかのように、そして1冊やり終える度にコレクションが増えていくかのようでもありました。彼のコレクションは「海城」「早実」「慶應志木」…というように受験校であるか否かを問わず増え続けていったのです。
こんな生徒もいました。今は私立中の男子校に通っている子です。2月1日の第一志望の入試を終えた夜、入試の報告の電話をかけてきてくれました。入試の出来が気になって仕方がない私などお構いなしに、彼は算数の入試問題がいかに複雑で、それを解くことがいかに楽しかったを夢中になって話し続けるのです。「そうか、そうか」と相づちを打つしかない私の態度に業を煮やした彼は、「今から問題をファックスするから」といって電話を切ってしまいました。唖然とする私の目の前のファックス機からは延々と入試問題が吐き出され続けていました。彼がそこから第2志望、第3志望と3連勝したのは言うまでもありません。
この2人の受験生たちから我々は何を学べばよいのでしょうか。彼らは特殊なのでしょうか。彼らは本当に「勉強が好きな優等生」だったのでしょうか。そんなことはありません。ゲームのように入試問題を解き続けた2人ではありましたが、ひとりは三度の飯よりもサッカーが好きな硬派なスポーツ少年でしたし、ひとりは読書が大好きで、何にでも好奇心を抱く愛すべきいたずら小僧でした。受験勉強なんかよりもやりたいことが山ほどあったに違いありません。それでも、どうせやるなら楽しみたい、やるからには絶対合格したい、そのためには我慢できるものなら何でも我慢しよう、という潔い思い切りがあっただけではなかったか、そう思えます。
そして、2人に共通することは、算数講師である私の発する言葉を疑うことなく受け入れられる「素直さ」を持ち合わせていたと言うことです。その言葉とは「ストイックな受験生が勝つ」ということに他なりません。「受験の神様への捧げものが多い子が勝つ」と言われれば、自分の最も好きなことを我慢しようとし、「紅白歌合戦を観たらヤツは第一志望には受からない」と言われれば年が変わるまで勉強し続けてくれる、そんな受験生でした。
しかし、彼らもそんなことを鵜呑みにしていたとは思えません。私の言葉を受け入れることで、12歳は12歳なりに、15歳は15歳なりに、経験したことのない入試という困難に立ち向かう心の拠り所にしようとしたのだと思うのです。2人とも賢い子でしたから、紅白を観たかどうかなど、受験には何の関係もないことぐらいお見通しだったでしょう。でも、それを敢えて受け入れてみせることで彼らなりの「捧げもの」をし、「不安」を「確信」に変え、「確信」を「勇気」へと昇華していったのだと思うのです。
中学受験での4科目、高校受験での3科目または5科目の入試ではどんな受験生も必ずピンチに陥る瞬間があります。そんな時、「最後の1秒まであきらめない意志と、ピンチをしのぐしなやかな強さ」が必要です。それは「努力に裏打ちされた自分への信頼」だけが支えることができるのではないでしょうか。そう考えると、長い受験勉強期間を通じて「何を選択し、何を我慢してきたか」という背負った思いの大きさこそが入試における最終的な突破力を生むのだと思えてくるのです。
epis Education Centre 代表・澤村重基
Posted by 鈴木 朗 at 00時50分
2007年10月22日(月)
第6回 成功する併願作戦〜複数校受験の意味 [何が合否を分けるのか!?]
「どうしても○○中学(高校)に進学したい」という思いを叶えるために、小学生でも中学生でも、受験生たちは必死に自分自身と戦い、模擬試験の結果に一喜一憂し、ライバルと励まし合いながら競い合い、第一志望校合格を目指します。しかし、入試は第一志望だけを受験するというわけにはいきません。第一志望とともに、複数の受験校を併願する場合がほとんどです。そのことは、中学受験でも高校受験でも変わりません。今回は、この「併願」についてあらためて考えてみたいと思います。
まず、受験生はなぜ併願するのか、整理してみましょう。まず、第一志望校の受験に失敗した場合の、いわゆる「滑り止め校」として受験するという極めて現実的な意味があります。特に高校受験においては、確実に合格が見込める学校を少なくとも一校は確保する必要があります。同時に、第一志望校で実力を遺憾なく発揮するためには「背水の陣」で臨ませるてはいけません。それは受験生を萎縮させることにつながり、良い結果を得にくいと言えます。つまり、複数校を受験する第一の意味は「セーフティネット」を張って、受験生に安心感をもたせ、実力を発揮しやすい環境を用意してあげるということに他なりません。ですから、こうした意味を持つ併願校は、場合によっては進学する意志がある学校を選ぶ必要があります。
ところが、中学受験においては、ごく稀に第一志望の学校しか受験しない受験生がいます。それは保護者の意向が「第一志望以外には進学する意味がない。」と頑なに信じている場合がほとんどです。もちろん、中学校は義務教育なのだから、受験に失敗しても中学進学には困りません。しかし、小学生が本気で中学受験に取り組んだ場合、彼または彼女が受験勉強に費やした時間や労力、我慢した数々のこと、受験に賭けた思いなど、背負ったものの重さを考えると、そんなに簡単に割り切れるものではありません。チャンスが一回しかない受験に実力が発揮できる12歳がいるとは、とても思えません。また、そのチャンスをつかみ取れなかった場合の心の傷は、時に取り返しのつかないほどの痛みを伴ってしまいます。こうしたリスクを回避するためにも「滑り止め校」の受験は絶対に必要だと言えます。
次に、第一志望校受験の前の、「勢いづけ」のための併願校です。あるいは、慣らし運転的な意味合いも大きいと思います。小学6年生はもちろん、中学3年生でも受験初日は否応なく緊張します。中学受験でも高校受験でも、ほとんどの場合、その子の人生で初めて自分の力だけで自分の将来を切り開いていかなければならない局面です。緊張に打ち勝って実力が発揮できる方が不思議だとは思いませんか?
特に、中学受験は弱冠12歳の受験です。これまで多くの受験生を見てきましたが、初日は何が何だかわからないうちに終わっている場合の方が多いはずです。しかも、中学受験は、一度つまずいて自信を失うと、受験しても受験しても失敗が続く現象がおこりやすい受験です。逆に、一度調子に乗ると、実力以上の学校でも勢いで合格を勝ち取ってしまうケースも稀ではありません。一般的に、全勝または全敗が非常に多い受験だと言えます。このように考えると、第一志望校を受験スケジュールの初日にもってくるのは明らかな誤りだと言えます。首都圏の中学受験では、東京(2月1日が受験解禁日)の受験生が1月に埼玉や千葉の学校、あるいは他県の東京会場入試を受験するのが一般的ですが、その理由はもうおわかりいただけたと思います。
つまり、中学受験でも高校受験でも、第一志望校に合格したいのであれば、併願作戦(受験スケジュール)は、トータルで戦略的な考えに基づいて行われるべきなのです。第一志望校の前後を安全圏、合格圏、チャレンジ圏などの学校を、難易度のバランスをとりながら配置していくことが、実は第一志望への近道だと思います。これは、第一志望が難関であればあるほど言えることです。「あたって砕けろ」的な決意主義では厳しい受験は勝ち抜けません。勝利の方程式(=戦略的な併願作戦)を構築する必要があるのです。
epis Education Centre 代表・澤村重基
Posted by 鈴木 朗 at 22時53分
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